2018年6月14日木曜日

第2回「睡蓮忌」―故井上勝次追悼―のお誘い

宝林山西法寺-二川秀臣作

明治6年6月16日夜、嘉麻郡の農民らが起こした「打ちこわし」はたちまちに筑前全域を舞台とした「筑前竹槍一揆」に拡大、参加者は10万人に及び、福岡県は1週間以上に亘って無政府状態に陥った。明治政府の、徴兵制・太陽暦採用・地租改正・解放令などあまりに急激な改革に民衆が反発、これに折からの米相場の暴騰、干ばつが背景となった。県庁打ちこわしにまで及んだ一揆は25日にはほぼ鎮圧された。

西方寺

一揆鎮圧後の取調べで、宗像郡からは6000人余りが参加したとされ、本木・舎利蔵・内殿3村では160人の参加者が「附和随行」として処罰された。中でも、本木村の井上勝次は39歳で「斬罪」の極刑に処せられた。村の組頭であったために官員殺害の首謀者とされたのである。そのため今に伝来する井上家過去帳の勝次の欄には「百姓一騎(ママ)ノタメ犠牲」と書き込まれている。本木の村人は7月14日を命日として勝次の墓碑を建立し、村の犠牲となった故井上勝次を弔ったが、以後140年を超える月日が経過、当時の事情を知る人は少数となり、墓に光も当たらず、筑前竹槍一揆も犠牲者故井上勝次も忘れ去られていた。

平成27年7月14日「井上勝次を追悼する集いの会」では故井上勝次の142回忌として追悼法要を実施、8月吉日には西法寺の墓碑脇に「筑前竹槍一揆犠牲者故井上勝次墓碑」の説明板を設置しその名誉回復を実現、筑前竹槍一揆の歴史的事実の啓蒙に努めた。続いて28年7月14日にも追悼の集いを実施、墓前で法要とオカリナ演奏を行った。そして昨年の7月14日には初めて「睡蓮忌」として、オカリナ演奏とソーメン会を実施、挿入した2種の版画絵葉書も作成し追悼した。

平成30年、一揆発生からは145年の本年は、下記の内容で第2回「睡蓮忌」を開催、ここにご賛同の方々のご参加をお誘いする次第です。

睡蓮忌「故井上勝次追悼」―二川秀臣作

日:平成30年7月14日(土)
時:午前10時~13時(受付9時30分)
場所:福津市本木西方寺(参加費:大人1000円、小人無料)
  • 開会の挨拶・追悼式等 西法寺本堂
  • オカリナ演奏・男性カルテット合唱 本堂にて
  • ソーメンを楽しむ会 境内にて
  • アンケート記入と終わりの挨拶
主催:睡蓮忌世話人会」
連絡先:〒811-3202 福津市畦町368
      岩熊 寛 
協力:唐津街道畦町宿保存会