2018年6月29日金曜日

保存会便り第72号

◆唐津街道サミット開かれる

会場お隣の「唐津神社」での参加者集合記念写真
唐津街道の終点、佐賀県唐津市で、6月9日土曜、「唐津街道サミット」が唐津城内の旧大島邸(有形文化財)で開催され、赤間宿・箱崎宿・姪浜宿・前原宿・西南大学姪浜まち・唐津宿等の中に「畦町宿」からは櫻井良行さん、平木俊敬さん、それに事務局長、合計9団体・21名が参加しました。
旧大島邸の活動報告会で畦町宿からは昨年1年間の活動を報告、とても好評でした。来年も6月の第2土曜、唐津街道のどこかの宿場で開催予定だそうです。

◆久方に「保存会作業」実施!

6月10日の日曜日8時半より、保存会での美化作業を行いました。参加者は、新顔の方も含めて26名。お祇園様・地蔵尊の草刈り、草取りなどに汗を流しました。

★枝豆・大根・秋そばの種蒔き

〇枝豆(祭り販売用)種まきー7月19日木曜16時より・お宮裏「ソバ畑」現地集合
〇大根(祭りオデン用)種まきー8月1日水曜16時より・同上
〇秋そば種まきー8月19日日曜16時より・同上
▼ヒマワリの種蒔きは8月上旬予定。決まり次第連絡。

第6回畦町宿祭りへ着々準備進行―オモシロ前夜祭目指すー

10.12(金)、13(土)の第6回唐津街道畦町宿祭りに向けての諸準備のあれこれが進行しています。また、目下募金中の「協賛金」に関しましては、ご支援下さる各団体・個人の皆様に多大のご協賛を頂き感謝申します。
今年度の祭りでは、「前夜祭」の魅力アップに取組んでいます。燈明800基が畦町の通りに幻想的に輝き、オデンや飲み物が旧清水醤油屋前で販売されるのに加えて、野菜バンコの下町店を開きますし、焼鳥屋の開店も折衝中です。また、公民館では韓国の伝統芸能「サムルノリ」の公演、津軽三味線「木下三絃会」の演奏を行います。ダブお接待・舞台出し物・バンコ市・子供広場・宿馬車などで賑わう13日(土)の本番だけではなく、前日金曜の夜の前夜祭もどうぞお楽しみに、いらっしゃって下さい。

「トロ箱古本市」―津屋崎―に「畦町屋」として出店

6月16日(土)津屋崎「海のほとり玉乃井」(古い旅館)で「第2回トロ箱古本市」が開催され、「畦町屋」として出店しました。古本よりも漬物や野菜の方が好評で、よく売れました。古本を売るよりも畦町の宣伝や、祭りの説明など「畦町にいらして下さいと」いう挨拶ばかりの古本市でした。
11月に第3回があります。また、漬物で参加しようと思います。(報告記事 中野隆之)

7.14(日)第2回睡蓮忌―筑前竹槍一揆犠牲者井上勝次追悼―

睡蓮忌世話人会主催・保存会協力。どなたでも参加できます。
場所 本木西法寺 9時半受付、10時開始。
本堂で故井上勝次を追悼した後、オカリナ演奏・男性カルテット合唱。その後境内でソーメン会。
おいしく、冷たいソーメンをみんなで頂きます。参加費1000円。 こちらもご覧ください。

◆「ご苦労さんソバの会」完結!

6月24日、去年の畦町祭りでサポートしてくれた「育成会」の皆さんを招いてのソバ試食会が和やかに公民館「そば処畦」で行われました。
2月17日、1組からスタートしたソバ試食会もこれで終了。ソバ打ち先生方、本当に「ご苦労さん」!

『エゴマレポート』弐〓番外編

先般、京都府乙訓(おとくに)郡大山崎に「大山崎えごまクラブ」という有志の会がある事を知った。大山崎町にはサントリーの山崎蒸留所があり、昔から灯明油の町として有名である。千利休ゆかりの国宝茶室「待(たい)庵(あん)」を有する妙喜(みょうぎ)庵(あん)や油祖の「離宮八幡宮」がある。詳細は追々語るが、中世より大山崎は荏(え)胡麻(ごま)油で全国一の町であり、販売独占を目指し油座、油売りが全国制覇を遂げることとなる。こういう歴史の街に2008年町役場が「エゴマまるごと体験事業」を企画しエゴマ油で栄えた町の歴史を知ってもらう為に、種まきから、栽培、収穫をし、油をしぼる目標に着手したようです。
今や油しぼり機、「長木」を復元したり、エゴマ料理の魅力を探求するなど、新たな試みやワークショップを開催しています。毎年夏、冬に「えごまフェスタ」も行っているとの事。離れた関西の地に、仲間がいることが判明し、縁を感じています。今度は会いにいこうかな。(ファーム会議・佐々木勉 記)

遊水池つれづれ2ー古屋隆之―会員・横浜市在住

これから夏本番を迎えますが、この時節身近な夏鳥といえばツバメです。6月はじめ遊水池そばの商店街階段下の巣では親ツバメが子育てで懸命でした。その後いつの間にか子ツバメ達は育って飛んでいきました。ツバメは人間を外敵から守るガードマンと見ているといわれ、人間社会と隣合わせです。子供の頃、初夏になると町屋の軒先に巣をつくり、抱卵して雛にかえし、子育てをしている姿をよく見たものです。ところが、私は社会に出てリタイヤーするまで数十年の間、ツバメをほぼ見た覚えがありません。日本野鳥の会の調べによりますと、40年ほど前に比べ、半減してきているそうです。原因は主に田畑の減少による餌の減少、巣作り困難な家屋の変化などのようです。
その昔速い飛翔のイメージで国鉄「特急つばめ」のように愛称をつけらました。その愛称は九州新幹線「特急つばめ」として復活し、また野球チーム名「ヤクルトスワローズ」に引き継がれています。今でもツバメの速い、俊敏なイメージは健在です。

引き揚げの想い出2―岩永圭司―会員・大阪市在住

歩いて行ける野原は視界を遮るものはなく広がっており、野原にはぽつんぽつんと高さ30cm~40cm程のアリ塚が沢山あった。ある時、妹が誤ってアリ塚に座り込み、蟻が這い上がり大変な事になった。
土地の思い出で母親が良く話していた事。ある時、畦町の祖父(岩熊為次郎)が満州に来た時、「ここの土はよう肥えとる」と言っていたと。永年百姓していた祖父には一見して肥沃な土地だと分かったのであろう!
終戦前後の記憶。北安では官舎に住んでいた。昭和20年8月6日に弟が生まれた。この日はいつもと違って近所のおばさんたちが出入りし、何時もの部屋から出され、ペーチカの焚口のある部屋に居るように言われ大いに不満であった。弟の出産であったのだ。
その日から3日後、8月9日にソ連軍が、日本との中立の約束を破って国境を越え侵攻、生活は一変する。9月ごろ、やがて、ソ連軍の戦車や軍用車が現れる。毎夜のように、玄関をドンドンと叩く音がする。ドアの音が激しくなり、マンダリンが宙に発射された。円盤状の弾倉が似ているので「マンダリン」という綽名のある自動小銃を肩にかけ、ピストルを腰に吊るし、数人が土足のまま上がってくる。「ロスケ」の略奪である。(ソ連兵を憎しみをこめ「ロスケ」と呼んでいた)  続く

第72号 2018.7.1 事務局 畦町368 岩熊寛 方
☎080-9244-5128 メール  hirohiro@jt2.so-net.ne.jp
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